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その手が邪魔
お風呂に浸かっていて、面白い喩え話(安心問答2009.11.5ブログ)があったのを思い出しました。
以下に抜粋します。


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月夜の綺麗な夜に、川面に月が映っていました。
それを見た猿のボスが、家来の猿たちに水面に映った月を持ってくるように命じました。猿たちは、川に入り手で水面に映った月を一生懸命すくおうとしますが、月を手に持つことはできませんでした。困っていたところ、一匹の猿が人間の家の裏においてある水桶に映った月を見つけました。
「川だけでなくこんなところにも月があるのか、ついに月を捕まえたぞ」
こう思った猿は、水桶を抱えてボスのいる巣穴にはいりました。
「ボス、ついに月をつかまえました。」
「そうか、じゃあみせてみろ」
「このとおりです………あれ?ないぞ」
猿が水桶をのぞくと、水面に映っていたはずの月がありませんでした。
水面に月が映ったといっても、月そのものが水中に沈んでいるのではありません。
南無阿弥陀仏の働きが私の心に映れたことを「南無阿弥陀仏のすがたをこころうる」といわれました。
常に働きかける南無阿弥陀仏の呼び声を、私が聞き続けているのが信心の姿です。
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分かった!これが南無阿弥陀仏だ!となるのではありません。
そのような自力いっぱいいっぱいで固めた信心は、やがて崩れてしまいます。

桶の水を掻き回して探していると、水面の波紋が月のように見えることがあるかもしれません。
しかしながらそれはやがて崩れてしまう妄念です。

桶の中に手を入れて月を探しまわっても、その手が邪魔で月が水に映りません。
月の光は平等にどんな水にも映ろうと降り注がれておりますのに、、
それをつかもうとするその手が邪魔だったのでした。
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