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仏の名告り
喜怒哀楽の声 -豊島学由著- より

信心は助かる証拠を握ることと思いきや
      逆に助けるぞの証拠につかまりました

凡夫の疑いは信じたらとれるのではなく
      本願のお名号に取られるのです



少しも自力のクサミが感じられない言葉です。
こちらで信じたのでなく、ただ疑い取られた。
取られたと言っても、私の煩悩の何かが無くなったのでなく、
ただ阿弥陀仏の名告りが聞こえただけ。
人間の名のりが聞こえてもなんともありませんが、
仏の名告りが届いたら安心せざるを得ません。
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