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間に合うと思っていては手遅れです
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弥陀の救い 加茂仰順師より抜粋

答 
 蓮如上人は「思案の頂上は五劫思惟にすぎたるはなし」と申されてありますが、どうしたら助かるかは、五劫思惟に聞けということです。助からないという心配は如来がするのです。救われないという心配は本願の心配です。
 また救われるという心配も私がするのではありません。みな五劫思惟の内容です。どうしたらよいやらという心配は、如来の心配であって、こちらが気がついたときはこちらが手遅れであったのです。
どんなことをしても、またどうあっても助けずにはおかんというのが四十八願です。とどのつまりが、私が助からないという心配も、助かることの心配も、すべてみな弥陀の側にあるのです。弥陀の心配であります。

 「されば南無阿弥陀仏とはわれらの往生のさだまりたる証拠なり」と仰せられてありますように、聞いて解決ではない。解決のできている証拠が六字です。出来てある、定まってある証拠をつきつけられてみれば、何もいうことはありません。こちらの負けです。助かる証拠があがっておれば、こちらは頭があがりません。私の心配は既に先取りされてあるのです。
 反対からいえば、本願がいま本願通りにはたらいてあるのです。いわゆる力とは作用のことで、その通りにはたらいてあるすがたが南無阿弥陀仏ということなのです。このようにはたらいて下されてあるので、こちらが負けてしまうのです。六字がはたらけば、こちらは手遅れです。みな親の仕事です。親がはたらいてあれば、こちらは仕事ができませんのです。助かる助からんは親の仕事です。
 手遅れであればやりようがありません。助かるものが先にあたえられてあるのです。

問 聞いて解決できないことが分からせて頂きました。聞くという心持がまちがっているわけですね。

答 お聴聞の席へ出ない者は問題外ですが、法席に出ていても眠っている者や、ぼんやり聞いている者はつまりません。それかといって、目を開いて一生懸命に聞いている者も、聞いてものにしようという心持で聞いていましては、いま申しますような手おくれにはなりません。こちらで間違いなくなって、助かろうとしますから、こちらが起きていて六字が眠ってあるのです。六字はあたえられてある法です。私が聞いて、まちがいなくなって助かるのではありません。たとえ五十年聞いても、八十年聞いても、みな無駄になってしまってこそよいのです。ずばりといえば、その無駄を聞くのが法を聞くのです。
 こちらが聞いて、まちがいなくなってゆこうとするのが、ついに一切が心配のない身にさせてもらうのです。こちらの仕事がみな一切手おくれであるところの法に遭うのです。こちらはみな置いておくのです。持ち込むものは一切ありません。まちがいないものをこちらにこしらえてゆくのが世間でいう信です。
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心配はすでに先取りされていたのです。それ以上の心配のしようがありません。
私の側からいえば、心配はこれ以下になりようがありません。
こちらは手遅れでやりようがないのに、どうしたらこうしたらもありません。
ましてや、善をしないとわからないのだというのは、裏返せば、善をすれば少しはわかるんだと、
数年数十年の善でもって五劫思惟を計ろうとすることです。それこそ手遅れです。

聞く一つで救われると他力回向を説いて下された親鸞聖人の御恩を知らねばなりません。
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有りがたいお話を読ませた頂き、私なりの聞き様を書いてみました。

阿弥陀仏は、「私が助からないという心配」をなされて
「どうあっても助けずにはおかん」本願を起こされて
本願を成就され、南無阿弥陀仏をおつくりくださいました。

その本願通りに
「私が助からない」という深信も、「助かる」という深信も、
すべてみな弥陀の側からあたえられます。弥陀の回向であります。
「助かる助からんは親の仕事です。」
私の仕事ではありません。

「されば南無阿弥陀仏とはわれらの往生のさだまりたる証拠なり」

南無阿弥陀仏

*「」内は加茂和上のお言葉を引用させていただきました。
元S会会員 | URL | 2010/01/16/Sat 18:22 [編集]
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